高松高等裁判所 昭和40年(ツ)11号 判決 1969年7月15日
上告人 和田盛一
被上告人 浅木トヨ子
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
本件上告の理由は別紙のとおりである。
上告理由第一点について。
一般論としていえば、法定地上権は、土地に対して抵当権が設定された当時その地上に建物が存在していた場合に成立し、抵当権設定の後に建物が存在するに至つた場合には成立しないと解すべきこというまでもない。しかし、右のように解釈する実質的な理由は、更地と地上権付の土地とではその担保価値に著るしい差異があり、そもそも建物敷地として利用されるべきことが外形上予期できなかつた土地にまで地上権の成立を認めると、抵当権者に不測の損害を与えるからにほかならない。そうだとすると、土地に対して抵当権が設定された当時その地上に法的に建物と目すべきものは存在しなかつたが、建物の建設に着手されている等その土地が建物敷地として利用さるべきことが外形上明白となつており、抵当権者もその建物の存在を前提として土地の担保価値を把握していたため不測の損害を蒙ることとならない場合は、実質的にみてその地上に建物が存在していた場合と何らえらぶところはないから、法定地上権の成立を認めて妨げがないといわなければならない。
本件において原判決が適法に認定した事実関係のもとでは、被上告人は本件土地について法定地上権を取得したものと解するのが相当で、これと同趣旨に出た原審の判断は正当である。論旨は採用できない。
上告理由第二点について。
しかし、被上告人において本件土地について法定地上権を取得しその権限に基づいて本件庭木庭石を占有している以上、本件土地ないし本件庭木庭石の物権変動について正当な利害関係を有する第三者であるこというまでもない。
そして上告人においては本件庭木庭石について所有権を取得したがその対抗要件をそなえていないこと原判決の説くとおりであるから、上告人は被上告人に対し本件庭木庭石の所有者であることを主張できない関係にあること明らかである。原判決もこれと同趣旨であつて何ら法解釈の誤りはなく、論旨は採用できない。
よつて民事訴訟法第四〇一条第九五条第八九条に従い主文のとおり判決する。
(裁判官 橘盛行 今中道信 藤原弘道)
別紙 上告の理由
上告人は上告の理由を左の通り申立てする。
本件当事者間に争いのない事実
原判決が認定した事実
(一) 本件庭木庭石が塩崎信夫の所有であつた事。
(二) 本件庭木庭石を被上告人が占有している事実。
(三) 本件宅地及び其の地上に存する建物は塩崎信夫の所有であつた事。
(四) 本件宅地につき西原均との間に昭和二九年三月八日金一五万円の債権につき順位一番の抵当権を設定し其の旨登記した事当時建物は不存在であつた事。
(五) 昭和二九年一一月一六日本件土地上に建物の保存登記が為された事。
(六) 昭和三一年一〇月二三日株式会社愛媛相互銀行との間で、債権極度額金五〇万円につき
本件土地につき順位二番
本件建物につき順位一番
の根抵当権設定登記をした事
(七) 昭和三二年四月二七日岡田伝太郎との間で、債権極度額金三〇万円につき
本件土地につき順位三番
本件建物につき順位二番
の根抵当権をそれぞれ設定登記した事
(八) 債権者右岡田伝太郎の抵当権行使による競売に於て被上告人が本件土地上の建物のみを競落し昭和三四年八月一一日所有権移転登記を受けた事。
(九) 右債権者の抵当権実行による第二回競売に於て昭和三四年一〇月二四日頃、遠藤節子が本件宅地を競落してその所有権を取得し同年一〇月二六日其の旨登記した事。
(十) 本件庭木庭石は本件宅地について順位一番の前記抵当権設定当時既に塩崎信夫によつて植付け配石されていた事。
(十一) 上告人が昭和三六年一月二七日頃遠藤節子から本件庭木庭石全部を宅地と未分離の儘譲受けて其の所有権を取得した事実
上告の理由
第一点原判決は民法第三八八条同第三八九条の規定並にその法条に関する大審院の判例に違反して右法条の解釈適用を誤り因つて上告人の正当適法な請求を棄却した。
本件土地に対し、第一順位抵当権者西原均が、金一五万円の債権担保の為に、債務者、土地所有者たりし塩崎信夫より抵当権設定登記を受けた昭和二九年三月八日当時に於ては、其の地上に建物が存在しなかつた事、其の後八ケ月余を経過した同年一一月一六日に、右土地上に建物の保存登記が行なわれた事実は、乙第二号証不動産(本件土地)登記簿謄本、並に乙第五号証不動産(本件土地上の家屋)登記簿謄本によつて明白である。
民法第三八八条の法定地上権の規定は「土地及び其の上に存する建物が同一の所有者に属する場合」即ち土地上に建物が既に現存する場合に適用せらるべき規定であつて、本件土地に西原均が第一順位の抵当権設定登記を受けた当時に於いては、土地のみ在つて、建物は存在しなかつた事は、原判決も認め当事者間に争の無い事実である。
従つて西原均の右抵当権に関する限り、民法第三八八条の規定の適用は法律上許されないものと解すべきである。
民法第三八九条は「土地に抵当権設定の後、其の設定者が抵当地に建物を築造したるときは、抵当権者は土地と共に其の建物を競売する事を得、但其の優先権は土地の代価に付てのみ之を行うことを得」る旨規定し、土地のみ在つて建物の存在しないときに設定を受けた土地の抵当権者を保護する方途を規定したのである。
原判決は其の理由四、に於て認定した事実を(一)乃至(六)に掲記した後、民法第三八八条により法定地上権が成立するためには抵当権設定当時に於て地上に建物の存在する事を要するもので抵当権設定後その宅地上に建物を築造した場合は、特段の事情がないかぎり同条の適用がないと解するのが相当である。と説示した上、本件について考察するに、本件宅地に対して順位一番の抵当権設定当時、塩崎信夫はその宅地上に建物の建築に着手していたこと、右抵当権者西原均は右建築の事実を知つてこれを承認した上、その建物の存在を前提として本件宅地を評価し、これに基づいて抵当権を設定したことが明らかである。このような場合には、右抵当権者西原均に不測の損害を被らしめる虞れはないのであるから、かかる特段の事情ある場合は、たとえ建物の完成が右抵当権設定後であつても、法定地上権の成立を認めて妨げないと解すべきである。
従つて被上告人は本件建物の競落による所有権取得により、その宅地に法定地上権を取得したというべきである。と判断し認定している。
此の原判決の判示は、勿論その法定地上権を以つてその土地の抵当権者及び競落人に対抗し得るものなる事をも包含する趣旨と解せられるが。
斯る原判決の認定には極めて重大な錯覚があり、因つて民法第三八八条同第三八九条並に三八八条の解釈適用に関する大審院の判例に違反するに至つたものである。
即ち原判決が特段の事情と称する事実は登記簿には記載されていないものなる事呶々を要しない。
従つて其の特段の事情の存在を知る抵当権者に於てはそれによつて不測の損害を免れ得るとしても、それを知る事のできない競落人に於ては法定地上権の存在又はそれが競落人に対して対抗力ある事実を知らないから、其の土地を競落し、それを自ら占有使用し得るものと考えて相当価額を以つて競落する。処が競落後に於て法定地上権が存在し、対抗されるとなると全く不測の損害を被らざるを得ない事となるは論理上必然の事である。競落人に対して不測の損害を加えてはならない事は抵当権者に不測の損害を加えてはならない事と全く同様であつて、抵当権者に不測の損害を加えなければ競落人に不測の損害を加えてもよいという論理は絶対に存在しない。
若し斯る特段の事情ある場合は、建物競落人に法定地上権の対抗力を認め得るものと解するときは、本件原判決が称するような特段の事情がある事を知る者は損害を予定しながらその様な土地を競落する事は有り得ないから結局抵当権者がその抵当権を行使する事が出来ず結局不測の損害を被る事となるは論理上の必然事である。
而も斯る場合に建物のみを競落した者は其の法定地上権の対抗力の存在を奇貨とし、其の宅地を競落する事をせず法定の安価な賃料で賃借するか、極めて安価に買受ける事となり又斯る法定地上権の対抗力を認められる土地の競落者も、無償同様の安価でなければ競落しないであろう事も論理の必然事である。
従つて土地の抵当権者はその権利を行使して債権の弁済を受ける事ができない事に帰着する。
斯る事実を予想したからこそ民法第三八八条及び第三八九条の規定が制定され、宅地のみの抵当権者は抵当権設定を受けた後其の地上に建築された建物をも共に競売に附する事が出来る事に規定されているのである。
本件土地と建物についても亦最初建物のみを競落した被上告人は本件土地は競落しなかつた。その故にその建物のみの競落代金によつては本件土地抵当権者に対しては、勿論債務の弁済が行われていなかつたのである。
若し本件建物に法定地上権が存在し且つ、本件土地抵当権者たる西原均及び土地競落人たる遠藤節子に対抗できるものならば遠藤節子は本件土地の競落はしなかつたであろう事は条理の必然事であり、他にもこれを競落する愚者は存在しない筈であり、結局本件土地抵当権者西原均は、その権利の行使ができない事に帰着すべき事、条理上必然の事であろう。
民法第三八八条、同第三八九条は斯る論理上必然の事実を予期して、土地の抵当権者並に土地の競落人を不測の損害から防護する目的を以て制定されたものであつて、原判決が説示したような特段の事情等を予定し、その特段の事情ある場合の除外規定を設けた事の理由を見出す事ができないのである。
従つて民法第三八九条の解釈適用につき、大審院、最高裁判所を通じてこれに除外例を認めた判例は無いようである。のみならず左記判例の如く却つて除外例は認めないことを明示したものがある。
判例一
「抵当権設定後建築せる建物に抵当権を設定したときは、本条(民法第三八八条)の適用によりその建物のために地上権を設定したものと看なすべきも、その地上権は土地の抵当権者及び土地の競落人に対抗する事ができない。」
(大審院大正一四年(オ)第一一一三号同一五年二月五日判決)
(大審院昭和一一年(オ)第一一〇六号同年二月一五日判決)
判例二
「建物の存在しない土地を抵当とした場合に抵当権者、設定者間に、将来建物を建築したときは、地上権を設定したものとするとの合意をするも、該土地の競落人に対しその効力はない」
(大審院大正七年(オ)第八四三号同年一二月六日判決)
以上陳述の如く法規並に判例に違反して、本件被上告人の競落した建物に存する法定地上権を以て土地の競落人たる遠藤節子に対抗できるものと認定し、それによつて上告人の本件請求を排斥し棄却した原判決は、この点について当然破棄され、上告人の本訴請求が認容せらるべきである。
第二点
原判決は民法第一七七条及び同第一八一条の各規定の解釈適用を誤り、因て上告人の請求を違法に棄却したものである「不動産に関する物権の得喪及び変更は登記法の定むる所に従いその登記を為すに非ざればこれを以て第三者に対抗することを得ず。」との民法第一七七条の規定は立木登記をしてない立木について、その物権の得喪変更につき、登記に代る明認方法が行われなければ第三者に対抗できない旨をも意味し包含するものなることは、大審院、最高裁判所の各判例の等しく明示される処であるが、その第三者とは、当事者その承継人及び代理人以外の者を指称するものなる事明白である。
原判決は本件土地の競落人たる訴外遠藤節子がその土地と共に、これと一体をなす本件庭木庭石の所有権を取得した事実、並にその本件庭木庭石は上告人が遠藤節子より買受けその所有権を取得した事実を適法有効と認定しながら、右遠藤節子が単にその本件庭木庭石を上告人に売渡した旨、書面を以て被上告人に通知しただけで、上告人がその庭木庭石に対し明認方法を施してなかつた事実を理由として、被上告人を民法第一七七条の規定中の第三者と認め、その第三者と称する被上告人に対して上告人の右所有権を以て対抗する事ができない旨判示している処、この判決は民法第一八一条の「占有権は代理人に依りてこれを取得することを得」るとの規定の存在を看過し、民法第一七七条の規定中第三者の語の表示する範囲に関する解釈を誤つて適用している。
上告理由第一点につき陳述した如く、本件庭木庭石が存在する本件土地に対し法定地上権が一応成立しても、その土地所有者たる遠藤節子に対抗する事ができないから、所詮被上告人は遠藤節子に本件土地を本件庭木庭石と共に引渡すべき義務を有するもの、その引渡請求権者たる遠藤節子より本件庭木庭石を上告人が買受けその旨遠藤節子より被上告人に通知したのであるから被上告人は上告人に対し、これを引渡すべき義務がある。
又原判決認定の通り法定地上権を以て対抗できるものと解釈する場合に於ては、被上告人は訴外遠藤節子の代理占有者として、本件土地並に本件庭木庭石を占有すするものであるから、本件庭木庭石の売主遠藤節子の第三者ではなく占有代理人である。
従つて本件庭木庭石を遠藤節子より上告人に売却すると同時に昭和三六年一月二七日遠藤節子より、その代理占有者たる被上告人に対してその旨通知したものであるから、右通知が被上告人に送達されたと同時に、被上告人は本件庭木庭石の所有権が上告人に移転したことを知り、爾来上告人の為に代理占有をしているのである。本件庭木庭石の引渡し請求は、その所有権者たる上告人がその代理占有者たる被上告人に対してその引渡しを請求するものであるから、代理占有者たる被上告人は当然これを所有者たる上告人に引渡すべき法律上の義務がある事論理上明白である。
法定地上権者たる被上告人が本件土地所有者遠藤節子に対して、その土地の代理占有者であり又本件庭木庭石についても、代理占有者である事実は左の判例に徴して明らかである。
判例三
「地上権設定者は地上権者を代理人として当該土地に対して占有を有する。」
(大審院大正一〇年(オ)第五三六号同年一一月三日判決)
原判決はこの代理占有代理関係の存在を看過し因て、被上告人を本件庭木庭石の売買当事者売主遠藤節子並に買主たる上告人に対して第三者なりと誤認し、遠藤節子より被上告人に対する売買に因る本件庭木庭石の所有権移転の事実を通告しただけでは、第三者対抗要件たる明認方法を施した事に該当しない旨判示され、因て上告人の請求を排斥され、代理占有に関する民法第一八一条の規定を無視し民法第一七七条の解釈適用を誤りこれ等法規に違反し、因て上告人の適法正当な請求を棄却したものであつて、この点についても原判決は破棄を免れないものである。